CREATOR MEETS CREATOR 自ら撮る。撮ってあげる。真逆の立ち位置でライフログと向き合う2人。 長濱 えみな x TETSU-LAW CREATOR MEETS CREATOR 自ら撮る。撮ってあげる。真逆の立ち位置でライフログと向き合う2人。 長濱 えみな x TETSU-LAW
 
人づてに映像の仕事が増えていったあの頃

TETSU-LAW:僕がトークイベントを開いたときに、友達が長濱さんをお客さんとして呼んでくれて。
長濱:その1度しか会ってないですよね。でもそのイベントでの話がとてもおもしろくて、今回の対談も楽しみにしていました。ちなみに、一度聞いたかもしれないけれど、どういうきっかけで映像を始めたんですか?
TETSU-LAW:高校時代、「自分自身を表現したい」と考えていて、表現方法のひとつとして音楽や演技を始めて。そこから派生して、音楽を届けるためにPVを作ったり、文化祭で上映する映画を撮ったりと、表現方法に映像が加わったんだよね。本格的に映像の勉強をするために、20~21歳のときにお金を貯めて映像系の専門学校に入った。その頃、夜な夜なクラブなんかへ行くと、人の繋がりで「映像やってんの?じゃウチのも作ってよ」みたいな話になって、徐々に映像が仕事になっていった。
長濱:わかる。私もそんな感じでした。
TETSU-LAW:中には広告代理店の人もいたりして、「イベント用の映像作って」とか「企業の周年パーティで映像演出やってよ」という話が増えていった。
長濱:その頃、「10年後には映像(の時代)が来る」って言われていましたよね?私は当時、専門学校を卒業したばかりで。デザインも写真も映像もいろいろ学べる学科だったので、進路の選択肢は選べたんですよ。でも、私もVJとかをやっていて、当時まだYouTubeも今ほどではなかったけれど、今思えば「そっか、10年後(映像の時代が)来るんだ!」って。だから映像の道に進んだのかもしれません。

それぞれの道のりでライフログ撮影にたどりついた2人

長濱:私は元々、アナログの絵描き、絵本作家になりたかったんです。でも「VJやって」とか「結婚式の動画作って」とか、仕事になるのは映像のことばかりだったから、自然に映像を仕事にしていった。
TETSU-LAW:今は映像にのめり込んでいて、可能性を感じるのかな?
長濱:そうかもしれない。絵本作家としてやりたかった「物語を紡ぐ」っていう仕事は、今まさに映像でお客様の人生の物語を紡ぐことができているので。
TETSU-LAW:「物語を紡ぐ」っていうと、長濱さんの肩書は「コンテクストフィルムメーカー」だけど、僕はそこが「ビジュアライザー」で。映像ディレクター、映像作家としてやっていた時代に、ビジュアライザーのほうがしっくりくると思えたのは、自分の場合「自分という人間を通してどういうふうなものを表現するか」もしくは「人と対峙したとき、その間に生まれるものを形にしていく」みたいな考え方だからだろうと。可視化するとか視覚化していくという表現の中に、実は「映像」があるという。だから、「なぜ映像をやっているのか」っていうより、僕にとって映像はいろいろな表現方法の中にあるひとつの表現方法でしかない。映像だけをやっている人達がうらやましいし、もうちょっと映像表現を突き詰めたい部分もあるけど、自分を表現したいから、撮るだけでなく自分も出演したい。それで、自分の作品に自分が出てるんだよね。 長濱:そう、TETSU-LAWさんって「今の自分」を映像化するじゃないですか。それはどうしてなんだろうって聞きたかったんですよね。
TETSU-LAW:自分は映像で記憶を記録していきたいと思っていて。東日本大震災のとき、実は翌日に仙台での仕事が入っていて、その仕事がなくなったことを嘆いていたんだけど……テレビで現地の様子を見て「それどころではない、自分はなんてことを思ってしまったんだ」と気が付いて。4月11日には仙台へ行ったんですが、なにもかもが無くなっていた。だからこそ、逆に「今、こんなにも様々なものがある、ということを残しておきたい」と思って。2011年はそれこそ自分の何もない日々を、カメラを置いて撮ったりとか、カメラを持って街へ繰り出したりして、自分のライフログを残したんです。

自ら撮ること、撮られること、撮ってあげること

長濱:PMAの作品募集中、いろいろな友人から「ソニーが“感動”でコンペやってるよ、出さないの?」と言われて。それで、私からもTETSU-LAWさんへ急にメールを送ったんですよ。「このコンペ出さないんですか?」って。
TETSU-LAW:でもそれが締切2日前よ?(一同笑)。僕も前から開催を知ってはいたものの出そうとは思っていなくて。ただ、「出さないの?」と言われると頭の中でグルグル逡巡して……2日しかないし無理でしょ」「いや無理って誰が決めたんだよ」みたいに。
長濱:最初はメールの返信も「いや、出さないかな……」みたいな感じだったのが、「夜中にそんなん言われたら出したくなってきた」みたいにどんどんテンションが上がってきて。私も編集しながらそれを見て「いい感じ、いい感じ」と……(笑)。でも不思議と、私PMAのことを連絡したのってTETSU-LAWさんだけなんですよ。
TETSU-LAW:出すと決めたものの、この短期間で何を表現するかを考えたときに……間に合わないし自分が出るしかない、と。だから応募の締切が一週間延期されたときは、事務局にメッセージを送りましたよ。「締切があるなら、そこに間に合わせるように作るし、もうちょっとでいい作品ができそうでも、どうしても間に合わないなら諦めるでしょう。それを延期って……!」と(苦笑)。
長濱:TETSU-LAWさんは他の作品でも、自分の今後の野望とか、そういう要素をスパイス的に入れたりして工夫されているけれど、今回はどういう意図だったんですか?

TETSU-LAW:今回は“感動”を表現しようとして、「あなたが最期に見たい景色は何?」と問われるのをきっかけに、自分自身で感動を捉えに行く人になってみた。冒頭の自分は、実は未来の、死ぬ直前の自分なんです。あるきっかけで感動する場所、モノを求めて撮影をし始めた自分が、死ぬ直前に、過去の自分へ手紙を書いて届けに行く話で。その手紙を、過去の「何にもいいことねえじゃん」とボサッとしている自分が拾って、それをきっかけに自分自身の人生を生き始める。最後にたくさんの風景が登場するのは、彼自身が世界中へ撮りに行く(行った)映像なんです。
今はきっかけがなければ作品を作ってなくて、何故かというと、現状で生きることに満たされている部分があるから。今までは自分の中にある溝というか穴を埋めるために、自分を使って表現していたようなところがある。「何か表現したいんだよ、俺は今ここに生きてるぜ」という感じで。だから作品には自分自身の姿も、心情みたいなものも出てくる。今の、ものを作らない自分自身にはすごく不満があって、でも満たされているから作るきっかけがない。表裏一体なんだよね。
長濱:TETSU-LAWさんはすごく「自分で自分を撮って残せる」要素がある。私の仕事は「自分で自分を撮る」という人があまりいないから「じゃあ撮ってあげる」っていうスタンスなんですよ。自分も自分を撮れないタイプだから、スタッフに撮ってもらうんです。「今の自分自身の輝いている瞬間を残そう、それもスマホで簡単に撮ると撮りっぱなしになるから、プロにちゃんとした機材で残してもらいましょう」と言いながら仕事をしているのに、自分の姿を残してなかったら全然説得力がないから。それをTETSU-LAWさんは自分自身でやっていて。一方で今、YouTuberとかも増えているじゃないですか。その状況がすごくおもしろいと思って。だから、PMAに「応募しましょうよ」って声をかけたんです。

 
観る人を意識した映像制作がプロの仕事

長濱:PMAにはもう1作品、同じ題材で映像美中心の作品を応募したけれど、「この作品でグランプリは獲れない」と思って「君が、教えてくれたこと。」を出したんです。
TETSU-LAW:自分でそう思ったの?
長濱:そう、「キレイでしたね」で終わるな、と。コンペに出すときはいつも、どうやったら審査員に響くかを考えて狙いに行くんですよ。私は経歴がないので、コンテストで賞を獲ることが重要なんです。
「君が、~」の冒頭に弟の「『自分が今何を持っているか』という(考え方の)ほうが、絶対幸せになるし、何かが無いから『なんでや?』となるのは、絶対幸せにならないと思うし」という台詞があるんですけど、それは障がいに関係なく、誰もが共感できることだなって。仕事でも、今の環境でも、つい足りないもののことばかり考えたり、環境のせいにしてしまうけど、自分が今何ができるかを考えないと……と言われると、結構ハッとさせられるんじゃないかと。
TETSU-LAW:弟さんご本人も心境の変化があって、「自分自身が作品に出ようと思う」と言ってくれたんだよね?
長濱:そう。実は、弟がいろいろ思い出して感極まったりするシーンもあったんです。でも、4~5分ある映像ならまだしも、2分間でそのシーンを入れちゃうと、観る側がまだ入り込めてないうちから感極まっちゃうから、その時点で「大変だよね」って他人事になっちゃう。具体的な弟の人間性は全然出ていない作品になったけれど、そのほうがいい、フワッとしつつも核心を突いているところを訴えかける方がいいのかなと。
私、独立する前は完全にクリエイター寄りで「この映像カッコいいでしょ?」みたいに、ファーストプレビューをいきなり渡しに行く感じだったんですよ。そこから「ちょっと修正を」と言われて、修正すればするほど緻密に考えてきた構成が崩れていく。それを「わかってないなぁ、絶対良くならないのに」と思ったりして。
独立して変わったのは、絶対に依頼主がメインだということ。欲しいものは、カッコいい映像だけじゃない。その人たちに合ったものに、ちょっとスパイス的なものをプラスする、提案ベースでやるべきだと。そういう考え方はビジネスマン寄りで、自分はいわゆるクリエイターではないと思っているんです。接客も、映像で表現するのも、いろんな状況が平均的にないと満足できないので。
なぜ私が今映像の仕事に夢中なのかというと、依頼主が求めている映像を納品できて、すごく喜んでもらえたとき、その瞬間の「よっしゃ!」という感じがやめられないから。今まで気付けていなかったその人のあり方を、私が見つけてビジュアライズしたり、ストーリーの部分でコンテクストするっていうのは、大事なものをプレゼントしている気分になれるんです。ただし「仕事としてやる」。私、無償だと納期が守れなくて、昔から友達であっても絶対に制作費をもらっていました。1万円でももらうと仕事になるから、納期ができて納品物の質のハードルも上がる。そうやってハードルを上げないと、自分も納得したものを作れないんです。

映像から広がっていくこれからの野望

TETSU-LAW:ソニーにも音楽と映像のセクションがあるわけだから、音楽の人と映像の人が絡んでひとつのハイエンドな作品を作り上げるコンテストがあるといいですね。海外でも、音楽やアートや映像をミックスするフェスがあったりするので、それをソニーがやったら面白そうだなって。
もうひとつは……震災後に「自分以外の人にも日常に目を向けてもらおう」と、2012年からワークショップを始めたのですが、それをソニーと一緒にやってみたいです。例えば以前に、石巻の小中学生にスマホを持ってもらって、今の自分自身や目の前にある美しいものを撮ってもらい、最後に上映会をしたことがあります。そこには「子どもたちはどんなものを撮るのかな?」とか、震災で無くなってしまった子どもたちの思い出をまた作っていくことの面白さがあった。映像のクオリティよりも「自分はどんなものに心が動いて、何を撮りたいのか」がポイントで、親子で参加すると、親が子どもの視点を知れたり、子どもはお母さんの眼差しを知れたりするんですね。
音楽や映像のプロが集まって競うハイエンドなコンテストと、誰でも参加できて作品を作る面白さを知るワークショップ、全然違う方向性だけど、どちらもやってみたいと思っています。
長濱:私が会社を立ち上げたのは、今まで社会から教えてもらって自分が身につけた技術を、もうちょっと下の世代に伝承して、またその下の世代にも……という流れを作りたいから。独り占めじゃなくてね。こんなに楽しい、幸せに感じる仕事はないと思っているので、それをもっといろいろな人に体験してほしいんです。その時々の流行りもあるだろうから、私はどちらかというとロジカルな部分で戦略を立てて、映像と向き合いながら、もう少し規模を広げていろんな人へ届けたいという野望があります。クリエイターとして名を残すよりも、この仕事、自分の表現できている仕事を事業として、世の中にきちんと残していきたいですね。

TETSU-LAW

Visualizer

株式会社TETSU-LAW & Co.代表。 三重県松坂出身。自身の想いや、他者の想いを映像を中心に表現する。近年は挑戦する人をサポートするカフェバーを渋谷にオープンするなど、場作りも行う。映像を使って未知なる世界を記録していくこと、自身の人生を使って未知なる世界を体験すること、実験的な生き方を探求している。
︎http://tetsu-law.jp/

長濱 えみな

LIFELOG Inc. CEO/context filmmaker

絵本作家を目指し大阪より上京。バンタンデザイン研究所で準奨学生に選抜されグラフィックや映像を学ぶ。VJ活動を経て、株式会社point zeroにてブライダル映像に携わりドキュメンタリースタイルを確立。2013年寿ビデオ大賞 T&G賞 受賞。現在は、ストーリーをビジュアライズする会社、LIFELOG Inc.を設立。ブライダル・マタニティー・出産などライフイベントにも携わりながら、企業CM、アーティストのメイキング映像、イベント映像などを手がける。
︎http://lifelog-japan.com/

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