作品名:響子先生への家族授業
高校一年のころ、近くにレンタルビデオ店ができたのがきっかけで映画に興味を持ち始めて、文化祭で「映画作りたい」って言ったんです。
クラスメイトは「お前、映画作ったことあるのかよ?絶対できないよ」と言ったけれど、僕は「Can'tじゃなくてLet'sだよ」と。高校生なのに初めて徹夜したりして本当に大変だったけど、なんとか完成できた。文化祭当日は、上映している教室内にいる勇気が無くてベランダでひっそり隠れていたんですが、会場から漏れてくる拍手の音を聞いたら涙が溢れました。
何かを作って人に見せる、楽しんでもらう、反応をもらうっていうのがこんなに自分の心を揺さぶるものなんだって気づきました。それが原体験ですね。そこから「映画監督になりたい」と自分の夢をはっきり言うようになりました。
大学に入ってからは、サークルや自分で立ち上げた団体で自主映画を作っていました。「将来は映像(の仕事)につきたい」という思いのもと、新卒でCM制作会社に入社しました。
ディレクターになりたかったのですが、制作部(プロダクションマネージャー職)で丸3年間いろいろなCMに関わりました。4年目の春に退社し、まずはエディターとして、フリーランスで活動し始めたんです。そこで「ディレクターをやりたい」と言っていたら、ちょっとずつ小さな仕事をやらせてもらえるようになって。今独立して7年目になるんですけど、ここ数年でようやく「広告映像を中心にディレクターとして活動をしております」と名乗れるようになったかなと思います。
「響子先生の家族授業」は、実は結婚する同僚たちのためのお祝いビデオなんです。新郎はCM制作会社の同期で、新婦の響子さんは同じ会社の後輩であり、小学校の講師に転職という異色の経歴の持ち主。新郎からの依頼で、新婦へのサプライズビデオを作ることになったのが今回の企画の始まりでした。仕事では結婚式ビデオって作らないんですけど、僕自身は好きで、過去にも友達のためにたくさん作っていたんです。
制作したのは2015年の夏。8月に企画して、8月最終日に廃校を利用した複合施設「世田谷ものづくり学校」の教室スタジオで撮影をし、結婚式が9月19日だったので2週間ちょっとで編集しました。
今回まず大切にしたのは、途中で撮影を止めずに長回しで撮ったこと。もう一つは、撮影現場で何が起きるか……ではなく、“いかに引き起こすか”を計算した事前の演出です。
ドキュメント映像で一番大事なものは“出演者本人の主体性”だと思っています。本人たちがいかに、この撮影ないしイベントに対して前向きかつ主体的に「よしやろう!」「楽しもう!」「響子を幸せにしたい」という思いになってくれるかが大事なところでした。そこがなければ、「あれ?次何やればいいの?」みたいな感じで撮影のための動きになってしまうし、単なる“やらせ”でしかなくなってしまう。作り手とご家族がwin-winの関係で成り立っている必要があるんです。なので、撮影前に今回の趣旨と想いをご家族に説明し、「このイベントはすごくいいものになるんだ、いいものにしたい」って思ってもらうことを重視しました。サプライズが始まってカメラが回ってからは、できるだけ自然体で参加してもらえるよう、一切指示はせずに長回しにしたんです。
ドキュメントは被写体ありきなので、被写体に主体性がないとどんなに良く撮っても良いものにはなりません。被写体の気持ちの主体性を維持し続ける、そういう雰囲気を作ることに徹しました。この企画で言うと、教室にいる時点でそれは作られた世界じゃないですか。でも、作為性を感じさせるか、感じさせないかは、作り手次第なんです。
また、 タイトル通り授業っぽくなるかどうか……という不安もありました。もちろんデモンストレーションや入念なリハーサルも行いましたが、ドキュメンタリーなので演技をつけるわけではないですし、どんな授業になるかは出たとこ勝負。でも、結果、この撮影の場をフルに使ってご家族のための場にしてくれました。万が一“授業”になっていなくても編集マジックで作品は成立するとは思っていましたが、予想よりも本当にいい授業になりましたね。
響子さんには内緒のイベントですから、基本は新郎とやり取りをしました。ご家族の方にも協力してもらう企画なので、本当は事前にご自宅まで挨拶に行きたかったんですけど、どうしても日程が合わなくて。そこで「何でこういう機会があるのか」とか「何のために撮影するのか」という熱いメッセージを書いて、新郎からご家族へ送ってもらいました。つまり事前プレゼンですね。自分の熱い想いだけ伝えて、その他は本人たちの主体性に任せました。何のためにこの場があるかをきちんと伝えれば、自分たちが何をすべきかをご家族自身で考えてくれると思ったからです。
撮影当日は「僕は今日、撮影のために来たのではなく、いつも仲良くしてもらっている2人のことをお祝いしたくて来ました。だから今日はみんなで響子さんを喜ばせましょう。撮影がどうこうではなく、みなさんが普段、響子さんに対して持っている想いを、人生で1回だけでもいいから心から伝えてみてください。そうすると、絶対家族の絆って強くなると思うんです」というような話をしました。
それでご本人たちも「もっとこうしよう、ああしよう」みたいなことを家族同士で話して、自然にどんどん“引き起こされて”いたので、「思い切って想いを全部、恥ずかしがらずに伝えてみよう」ときっと思ってくれたんだと思います。
撮影中、ご家族には自分の出番以外の時間は別室で待ってもらったんですが、そこでもひとつ工夫をしました。控室に、撮影の様子がわかるようにモニターを置いたんです。待っている人は、モニターを通して自分より前の出番の人が何を話しているのかを知ることができる。こうすることは結構リスクもあって、正直賭けでした。
もし最初の出番の人が適当に授業を終えてしまったら、後の人にも同じ空気感が伝染してしまうからです。でも逆に、最初の人が想いを込めて話してくれたら、どんどん良い空気になっていくはず。モニターを通して控室にもいい空気が伝わり、感情移入度が増すだろうと、ご家族の絆に賭けました。実際、撮影の裏側では「あれ言いたい、これ言いたい」と次々に再考してくださったようで、ご家族のみなさんの感情の増幅が連鎖していったのは成功ポイントでした。
撮影自体は全部で1時間弱。披露宴で上映したのは13分くらいのバージョンで、今回の応募に当たっては2分に編集し直す必要がありました。1時間分の素材を2分にまとめるのはものすごく大変でした。どこを残して、どこを削って、どういう構成に……という判断が大変なんですよね。
2分に編集しても絶対に残したいと考えていたのは、響子さんのお母さんの“タメ”のシーンでした。お母さんが「響子は結婚することになりましたが……」と言った後にちょっと一瞬“間”があるんです。そこに響子さんの表情が入る。「嬉しいんだけど、さみしい」みたいな。響子さんにも、同じだけの間があるんですよね。
その瞬間を映像に残せたことで、僕はすごく「作ってよかったな」って思えた。だからお母さんを軸に再編集したいと思っていました。ただ、2分バージョンにするにあたって本当の間よりも泣く泣く短くしましたが(笑)。
PMAの開催は友人がFacebookでシェアしていて知りました。「感動」がテーマだというので、「これは絶対に自分が獲らなきゃ」って勝手な自信が沸いてきて(笑)。団体や自治体がやる映画祭はよくあるけれど、カメラを作っているメーカーが大々的に映像コンテストをやるっていうのは、すごく嬉しかったですね。
自分は「感動」、人の心を動かすのは映像の大きな役割の一つだと思っていますし、僕も人の感動を呼ぶ作品を作りたくて、今まで自主制作を作り続けているので。「感動」というテーマは、ぴったりというか、僕の人生そのものなので、絶対に応募したかった。
準グランプリという結果は正直悔しかったですが、いろいろなところで作品を観ていただける機会が増えると確信できたので、それはすごく嬉しかったです。知り合いのブライダル会社では「あれをどうやって作ったのか、分析するための社内会議を開きました」と言っていただけました。
やはり作品って誰かに観てもらえないと意味がない。いいものを作ったとしても観られなければ存在してないのと同じなんです。だから準グランプリ獲得が嬉しいというだけでなく、「この作品が準グランプリなんだ」というきっかけで観てくれる人が増えることは本当に嬉しいですね。
また、ソニーのNAB SHOW (国際放送機器展示会)の担当者さんから、「ラスベガスのNABで上映したい」とお声掛けいただきました。僕一人の力じゃ海外でも観てもらえる機会はまずないですから、今回の受賞には本当に感謝しています。
※NAB2017レポートはこちら
今回撮影で使用したカメラはPXW-FS7(以下「FS7」)ですが、ソニーの作るカメラはとても気に入っています。ある時、カメラマンが現場にソニーのNEX-FS700とα7Sを持ってきたんですよね。2カメのロケだったので、「監督はα7Sを使ってください」と。そこで「ソニーのカメラ、めっちゃきれいだな」と思ったんです。NEX-FS700のハイスピード撮影の映像も画がすごくよかったので、それがきっかけで自分のカメラもソニーα7S IIに変えました。細かい技術的な話以前に、画の印象が良かったです。あとはカラコレした時の美しい、色のはっきりした感じというか質感。それに、ハイスピードはとても力のある映像になるので、それを気軽に撮れるというのはものすごく大きかったです。
ソニーへの良い印象もあって、今回の作品もFS7を選択しました。逆光に近い状況で、かつ薄暗い教室内でもとても綺麗に撮影できたのは、暗部にも強いFS7のS-Log撮影のおかげです。日が落ちる時間帯での撮影になるため、教室内の電気をつけておくか最初から消しておくか迷ったのですが、FS7を選択していなかったら電気をつけて全く違うトーンになってしまったと思います。グレーディングした時の感動は今でも忘れられません。
α7S IIを使ってよかった点は、手ブレ補正が効くこと。僕は、ドキュメンタリーの撮影では手持ちしたいんですよ。三脚を使うとそれだけで機動力が落ちるし、三脚を構えている時点で“そこで何かが起きる”ってあらかじめわかっていることになってしまう。それは画としても、僕のスタンスとしても作為的になりすぎるので。
レンズを選べば手持ちでいけるカメラもあるんですけど、α7S IIの場合はボディで手ブレ補正が効くので、単焦点で手ブレ補正がないレンズでも補正できる、それが僕の撮影スタイルにぴったり合っています。
感動って、簡潔に言うと「人生そのもの」だと思っています。人間の行動は、何かしらの感動が引き起こすものだと思いますし、だからこそ人は誰でも感動する、心が動くきっかけを持っていると思うんですよね。映像によって、その誰もが持っている想い、誰もが持っている何かが、引き起こされて表に現れると思っています。映像を観るからこそ、出てくることもあるし、撮影の機会が与えられるからこそ、そういう想いが現れる。
そして例えば「結婚しました」、「子供が生まれました」とかっていう、多くの人の人生にあるであろう出来事が、映像で残ることによって、その出来事をより本物として存在させ続けられ、定着させられると思うんです。
出産ってものすごいプロセスがあって、とにかく大変だけど、それを第三者が回想するとか疑似体験することって、すごく難しいと思うんです。そこに映像があることで、その出来事をより魅力的に、より本物らしく人に伝えることができる。撮影したいという欲求は、だからこそ生まれると思うんです。
「響子先生の家族授業」は、まさにそうですね。あのご家族は本当にもともと絆が深くてすごく仲良しなんです。でも、きっと互いに想っていることはあっても、普段から口に出してはいない。あの日、撮影の場があったからこそ、ご家族の心を動かして、はじめて想いを伝えることができ、絆の深さがより本物になった。つまり映像が、その感動を引き起こすきっかけになったんですね。
ドキュメントはその人の持っているものをいかに引き出して、映して、構成して伝えられるか、でしかありません。僕らが何かを与えたり、付け加えたりしていることを表立たせてはいけないし、本人そのものの魅力を、監督やカメラマンの力で引き出すことが大事だと思います。本人がそもそも内側に持っているものを表に出してもらえたからこそ、良いものが撮れた、感動できたということなので。
僕はそういう「内側に持っていた想いが現れる瞬間」を撮るのが好きで、そういうのを見る瞬間がたまらないんです。撮っていても、その瞬間ものすごい笑顔になっていたり、一人で勝手に泣いていたりするんですよね。現場でも感情移入しやすいので、一人で泣きながら、どうしようと思いながら撮っていることとかもあって、周りが驚いていたりとか。それくらい、僕は人の心が動く瞬間が好きなんです。その瞬間を感じ続けていたくて、僕は映像を作るんだと思います。
大石 健弘
映像ディレクター/株式会社Happilm 代表
1983年 静岡県浜松市生まれ。高校時代より映画制作を始める。横浜国立大学卒業後、CM制作会社に制作部として入社し多くのCMに関わったのち、独立。現在ではディレクターとして活動中。監督作に、バンホーテンココア「理想の母親」や不二家ミルキーTVCM「みんなの笑顔」篇など。ライフワークではサプライズ映像も多数制作しており、YouTubeのHappilmチャンネルにて公開している。
「村に映画がやってくる日」/草苅 桃子
やはり、本物の笑顔は心に響きますね。おそらくカメラマン自身も、感動していたと思います。こういった出来事こそ映像にもっと残すべきだと思うし、自分もその場にいて撮影したいと思いました。