作品名:君が、教えてくれたこと。
映像に携わり始めたのは専門学生時代です。実は、専門学校に進学する前は、絵本作家になりたいと思っていました。同世代や大人が読む絵本を作っていて、学校の文化祭で販売すれば完売したし、割と評判がよかったんですよ。進路を決めるにあたって専門学校を選んだのは、絵本は作ってみたことがあるので、もっと新しいことを学んで、これまでにない要素を持った絵本作家になりたいと考えたから。当時運よく、写真、動画、デザイン、グラフィックなどを一式学べる学科が新設された専門学校があったので、そこへ入学しました。
アートディレクターにもなれるし、いろいろな専門分野へも行ける、いわば浅く広く学べる学科だったのですが、その授業の一環として映像制作があって。当時はどちらかというとまったく興味のない分野だったはずなのに……動画編集ソフトが使えるということで、卒業してからもイベントのVJを担当するような機会が多くて、気づいたら映像ばかり携わるようになっていました。
本格的に映像制作を始めたのは、ブライダル映像の仕事がきっかけです。当時、自分が将来的に取り組みたい事業の通過点として、ブライダルの経験が必須だと考えました。それが今、まさに独立して始めた事業“ライフログ”です。人の人生をずっと追って記録していくという事業で、その入口としてブライダルを選んだのです。
ライフログはまず結婚式の写真や映像を撮って、その後も妊娠したらマタニティフォトを撮ったり、子供が産まれたら子供の写真を撮ったり、何年かに一度はファミリーフォトやポートレートを撮るということをずっと続けていくものです。
写真はスタジオで撮るときもありますし、依頼主のご自宅で撮ったりと様々です。マタニティフォトだからこう、とかファミリーフォトだからこう、と形式を固定するのではなく「依頼主がどんな人か」をヒアリングして、お一人おひとりの撮影プランを決めていきます。動画と一緒で、写真を見たら話し声が聞こえたり、雰囲気が感じられたり、その人の漂う空気感が見えてくるような1枚にしたいんです。
だから、マタニティにしても白バックばかりだとか、もうお腹が出ているのがわかりますよ……という決まりきった写真じゃなくて、ライフスタイルの1部分を切り抜く、自然体の雰囲気を大事にしています。例えば、自分のお母さんのお店を手伝っているママなら、撮影場所はお店にしますね。お母さんというか、お腹の子のおばあちゃんにエプロンをつけてもらいながらマタニティフォトを撮ったりして。いつも通りの空間で、カメラを意識させずにライフスタイルを切り抜けるように意識しています。
映像にまったく興味がなかったのに、今この仕事にのめりこんでいるのは、ヒアリングしたことをどういう風な展開で映像化すると面白いか、いわゆるストーリーを紡ぐ作業があったからだと思うんです。ドキュメンタリーを、もともと志していた絵本と同じように作っている感覚でしょうね。現在は自身を“コンテクストフィルムメーカー”と名乗っています。ストーリーテラー的なアウトプットの仕方、その人のストーリーをどう具現化するかという部分を得意としているので。映像作品でも、冒頭15秒はわくわくさせて、最後はちょっと印象に残るような構成を必ず意識しています。
「もともと絵本作家を志していた」ということも、私のように結局全然違う仕事をしているケースだと、なかなか言いづらいと思うんです。ただ、私はプロフィールにも必ず絵本作家を目指していたことを書くし、それがすごく重要なポイントなんですよね。絵本を作っていた当時も、自分がもがいていた経験を題材に作っていたので、自分が感じている憤りをアウトプットすることで、誰かの共感を得たかったんじゃないかな。同じように他人の経験も、絵本のようにストーリーを紡いで表現していく、というのが今の仕事につながっているんですね。
ストーリーを具現化するには、自分が依頼主と同じ位のレベルまで理解することが大事です。自分が表面的にしゃべると相手も表面的にしかしゃべってくれないですし、自分はこれが良いと思うことも、相手はそうでなかったりする。どういう部分にフォーカスしてほしいかも、人それぞれです。なので依頼主には“何のための映像なのか”を考えてもらえるようにしています。誰に見せたいか、誰に残したいかで、伝えることはまったく変わってくる。そこは依頼主にも、一緒にイメージしてもらえるように、しっかり伝えますね。見せる相手にどういう風に感じてもらいたいのかがビタッと決まれば、話してもらうことも決まってきますし。
今回の作品の核となった、弟の家族を撮り始めたのは、“ライフログ”の良いサンプルになると思ったこともあります。といっても、技術や手法を自由に試せるから、といった話ではなくて。この事業自体、自分がリアルに「大切な人のためにこうしてあげたい」という気持ちで取り組んでいるほうが、依頼主の欲しいものや喜ぶもの、必要なものや残したほうがいいものを身近に感じられる。だから、弟に子供が産まれることをきっかけに、自分自身のこととしてこの事業に取り組む、すごくいい経験ができると考えたんです。弟の家族のようにガッツリ密着取材というスタイルはこれまでそれほどなかったのですが、最近は「1年間密着取材してほしい」という依頼も増えてきていますしね。
弟は今タイで働いていまして。弟の妻のステファニーはカナダ人で、カナダの実家に住んでいます。カナダのほうが医療も進んでいるし、子育てにも便利なので。離れて暮らしていることもあってそう頻繁に家族の様子は撮れないんですが、節目ごとに記録しています。
出産の際も、アシスタントを連れてカナダへ3週間撮影に行きました。独立したばかりで明日どうなるかわからない状態なのに……(苦笑)。自分の事業自体もライフログしているので、弟家族のドキュメンタリーを撮りながら私のログも撮ってもらって。費用も時間もかかりましたが、おかげさまでPMAのグランプリをいただいたので、先行投資が実になってよかったです(笑)。
PMAのことは周りの方から「テーマもあなたにぴったりだし、応募したほうがいいよ」と教えてもらいました。ただ、どんな作品で応募するかはかなり悩みました。それまで、弟は自分の娘の障がいについて、外にあまり発信していなかったんです。こちらも気を遣って、すごくふわっとした内容の映像しか作っていなかった。ところがちょうどPMAの応募を決めた頃に弟の気持ちに変化があって、「みんなにアウトプットしていく、それが自分の信念だ」と言うようになって。ならばこの作品を作ることが好機になると考えたんです。
それまで弟のインタビューをあまり撮っていなかったので、編集も最初はドキュメンタリーの密着でつないでいました。ただ、伝えきれない部分があったりして……締め切り2日前でもまだ、すごく煮詰まって編集をどうしようかと悩んでいましたね。ところが、まさにそのタイミングで弟が日本に一時帰国してきまして。急遽「ちょっとインタビューさせて」と頼んで、作品中のインタビュー部分を撮りました。
ただ「インタビューします」といっても、本人も何を話してほしいかわからないですよね。それを理解してもらうために、まずこちら側の意図や、「今ここまで編集ができていて、こういう要素が足りない」という経緯を弟と共有したり、弟自身の経験、成長過程で感じたことや学んだことを弟に共有してもらいながら、言葉を引き出していきました。弟はすごく素直な人間なので、そういうことも遠慮なくできてよかったですね(笑)。
正直、親族が撮らないとあの映像はあそこまでできなかったと思います。いろいろな方を撮ってはいますが、どうしても深くは入り込んでいけない部分がある。私が引き出していったはずなのに、実際にインタビューを撮ってみたら思った以上に本人からすごくいい言葉がたくさん出てきました。私のインタビュー撮影は15~20分くらいの短いものが多いんですが、今回は30~40分くらい回しましたね。姪の障がいに関する話はこの作品の核ですが、どの部分を使うかはすごく迷いました。結果、かなりシンプルなものになっています。
弟や姪の境遇だけに感動するということじゃなくて、観る人と重なる部分があると映像に親近感が湧いたりとか、違う感情が芽生えたりすると思うんです。観る人とかけ離れすぎていると「そうか、大変だよね」という他人事で終わっちゃう。そういう意味では、姪の障がいというのは、結構きわどい題材だったんですよね。弟に関しても、単に姪のことより、弟の人間としての成長だったり弱さだったりという部分にフォーカスしたくて。だから冒頭には、障がいがどうというのではなく、人間なら誰しも思い当たるような言葉を使うことにしたんです。
インタビューは私が仕事をしているオフィスの一角で、夜に撮影しました。小さい照明を窓側からガツンと当てて、ちょっと外光っぽく作って。でも、照明を入れているのはその場面くらいですね。ソニーのα7Sで撮った素材はドキュメンタリーぽい感じで細かく動いていましたし、撮影スタッフも1人か2人で、照明も持っていけないような場所でしたから。
弟がステファニーのお腹を触っているシーンはPXW-FS5のスーパースローで撮ったものです。ステファニーの家を完全にスタジオ化するというか、家具を全部避け、外光の入り具合に合わせて普段置かない場所にソファを置いて、あらかじめ空間を作り上げて撮りました。
「ドキュメンタリーでの感動」をテーマにするときは、あんまり映像美ばかりに意識がとらわれないようにしています。例えば、計算された構図やきれいなものばかり並ぶと、ちょっと嘘くさくなっちゃうから。実際、親しい人がスマホで撮った、ブレまくりだけど距離感の近い生っぽいシーンのほうが、グッときてすごく感動したりする。でも、ドキュメンタリーっぽい、作り込まない画のみで構成してしまうとクオリティが上がらないので、スパイスとして映像美を意識した画を入れることでグッとクオリティを上げます。それは私がいつも気を付けているところですね。
照明や、あらかじめ出来上がったロケーションがなくてもきれいな画を撮る手法は、ブライダルの仕事で身についたものですが、元々のロケーションに頼りすぎないようにもしています。ブライダル業界はまだまだ空間づくりをしないことが多いですが、ひと工夫するだけで全然違ってくる。例えば、インタビュー用の椅子を、壁側ではなく部屋の中心に置けば被写界深度が深くなるし、窓際に置けば照明代わりになり、被写体に立体感が生まれる。さらに、周りに小物や家具を配置することで、その人らしい空間が創られる。そういった細部の一つひとつにもこだわることで、相当変わってくるんです。
一番重視しているのは、“作られたもの”にはならないようにすることです。どのシーンでも、言葉も、照明も、とにかくありのままに見えるようにすごく気を付けていますね。例えば上手な役者さんは、本当にこういう人がいそうだ、と思える演技をしてくれる。ただ私は役者さんではなく素人を撮っているので、そうなると演技でなくどう自然体に持っていけるかが勝負で。よりリアルなシーンを描くために、コーヒー・本・スマホなどを用意し、「今あなたは、休日の昼間に家のソファで本を読みながら、彼からのメールを待っている状況」という具体的なイメージを共有し、演技はさせず本当に本を読みながらコーヒーを飲んでもらい、たまに携帯をいじってもらいます。特に撮影スタートしていることは伝えず、ただ、ひたすら撮る。そういうところは、他の方とは違った撮影スタイルかもしれません。
よく、依頼主から「私の人生は面白くないと思う」と言われます。「今日のインタビューの内容で本当に大丈夫でしたか?」と心配されることもしばしば。ですが私は、つまらない人生を送っている人なんて、この世に誰一人としていないと思っています。“どんなひとにも、必ず感動のある人生がある”と考えていますし、私が映像や写真を作ることになった方には、必ずその感動を見つけ出し、あなたの人生はこんなに素晴らしいものなんだ!って、映像や写真でプレゼントしてあげたいという気持ちで仕事をしています。それをどう見つけるか、どう解釈するかを、依頼主と共有できたら幸せですね。
きれいな映像や技術にこだわるのも大切ですが、それを重視しすぎず“撮るべきものを見極める力”をさらに身につけていきたいです。それには、格好つけようとしないほうがいいかもしれません。感動を目指すなら、ありのままを撮り、そこに編集技術で少しだけスパイスを効かせることができるように、私は心がけています。
長濱 えみな
LIFELOG Inc. CEO/context filmmaker
絵本作家を目指し大阪より上京。バンタンデザイン研究所で準奨学生に選抜されグラフィックや映像を学ぶ。VJ活動を経て、株式会社point zeroにてブライダル映像に携わりドキュメンタリースタイルを確立。2013年寿ビデオ大賞 T&G賞 受賞。現在は、ストーリーをビジュアライズする会社、LIFELOG Inc.を設立。ブライダル・マタニティー・出産などライフイベントにも携わりながら、企業CM、アーティストのメイキング映像、イベント映像などを手がける。
touch/TETSU-LAW
TETSU-LAWさんの「touch」が気になりました。私の好きな映像作家さんなんですが、今回のPMA用に製作されたとのこと。感動をテーマに、何を伝えたかったのか、ラストがすごく気になる構成だったのが印象的でした!