実は、初めてのメンバーと2日で仕上げた作品です

佃 尚能
佃 尚能

佃:学生時代は演劇畑にいました。ミュージカルの劇団に入って、歌って踊って演じていたんです。そのうち、舞台の“一部”であるよりも“全部を作りたい”と思うようになり、作・演出・プロデュースの側へ行って、それからは舞台演出をするようになりました。

実は、映像作品を作り始めたのは、社会人になってテレビの仕事に就いてからなんです。だんだん仕事とは別に自分の作品を作りたくなって始めたのがきっかけですね。ちなみに、最初に作った短編もミュージカル映画でした。仕事も忙しくてなかなか時間が取れないので、「私とわたし」も含めたこれまでの作品3~4本は、基本的にはすべて2~3日で作っています。

前作の、昨年第69回カンヌ国際映画祭で上映された短編『鼻歌』にいたっては、制作開始から完成まで48時間で作っています。というのも、48時間以内で制作する、という条件のコンペだったんです。それに比べると、今回は撮影に丸1日半くらい“かけられた”という感じですね。そもそも、11月30日が応募の締め切りなのに、11月26日しかカメラマンのスケジュールが空いていなかったので、短期間に集中するしかありませんでした。

PMAのラインアップを見ていると、どれも時間をかけて作られているので、おそらく全作品の中で制作時間は最短なんじゃないでしょうか。物理的に時間がないから、逆に各工程にあまり時間をかけないんですね。その分準備は前々から綿密に……というわけでもなく「やるぞ!」と決めて、ガーッと進めている感じです。

大須:わりと勢い重視ですよね。
佃:そう。「そろそろちゃんと腰を据えて作品作りをしなければ」と、いつも思ってはいるんですが……今回もたまたまPMAの募集を見つけて「これ、面白そうだからやろうぜ!」という勢いのまま走る感じになりましたね。ちょうどその頃、映画人同士の交流会で、大須さんや、今回メイクと衣装を担当してくれた西藤恭子さんに初めて会ったんです。それで「なんかやろうよ、そういえばPMAって気になっているんだよね」という話をしたら、西藤さんも「私も!いろいろな監督にやろうって言ってみたけど誰もノってくれなくて」というので「じゃあやりますか!」と。

大須 みづほ
大須 みづほ

大須:私は大学を卒業してから役者を始めたのですが、最初の約2年は女優の付き人として舞台や裏方をしながら修業していたので、映像作品での活動を始めたのは昨年なんです。この作品が映像では初主演でした。交流会で作品制作が決まった後、その足で三軒茶屋にロケハンに行きましたね。
佃:ノープランでね。夜の街をぐるぐる「三茶、どんなとこがあるのかな?」とか「あんまりスタッフいないから、暗いところだと照明難しいね」とか。
大須:最初はカメラマンや照明さんを入れずに2人だけで撮るという話もあったので。
佃:そのうちに「そういえば、あなたはどんな女優さんになりたいの?」という話になりまして……なんせ会ったばかりですし、彼女もキャリア2年の新人女優ですから。
大須:そこで「いろいろな役をやりたいんです」と言ったら……
佃:「じゃ、いろいろな役やるか!この作品の中で!」とひらめいて、1人何役も演じてもらうことになったという。PMAに応募したのは1人6役のバージョンでしたが、実はこの作品、5分バージョンがありまして、そちらでは1人8役に挑戦しています。2分版には登場しませんが、 “仲居さんのみづほ”も可愛いですよ。
大須:スタッフ内でも人気なんです(笑)。

 

勢い重視、でも走りながら常に考える

佃 尚能

佃:8役のキャラクターは、台本を書いていく中で自然と出てきた感じですね。主人公は自分に自信をなくして悩んでいる子なので、なにかしら輝いて見える、ちょっと年上の頼れるお姉さんをメインに、素敵な自分に出会っていこうと。それに、お寿司屋さんをロケ地に使えると聞いて、“寿司職人みづほ”が誕生したり。
大須:私のバイト先だったお寿司屋さんを使わせてもらえるというので、「みづほが握ったら面白いんじゃない?」という話になったんですよね。それで、夜な夜な大将のところに握り方を教えてもらいに行きました。
佃:こういう場面では手元だけプロにお願いして撮るようなことも多いですが、この作品では寿司を握っているのもみづほ本人だし、弾き語りで歌っているのも本人なんです。曲は厳密にいうと僕が作ったんですが……編曲をしている時間がなかったので、サビだけ適当に歌ったものをスマホのレコーダーで録って、ギタリストの友達に「コレ弾いて。ついでにAメロ、Bメロも作っといて」と投げてみたら、ものの15分で「こんな感じ?」って、曲があがってきた(笑)。
大須:人脈がすごい。わーっとすぐ広がるんですよ、佃ネットワークが。
佃: しかし1人8役って、8人役者がいるよりずっと大変ですね。撮り方もだいぶ制約されるし「あ、今、吹き替え※の人の顔が見えちゃった」みたいなことも多くて。演じる方も大変だったんじゃない? ※キャストの演技の一部を、他の俳優や専門家が演じること。
大須:自分なりに考えて演じたつもりですけど、今思うと8人分ちゃんと考えていたのか、ちょっと不安ですね。
佃:でも僕は「演じ分け、すご~い」と思ったよ?

大須 みづほ

大須:それはメイクと衣装の西藤さんのおかげかな。メイクと服が違うと気持ちも切り替えやすかったですね。後は監督の演出を信頼していたので、任せました。ちなみに西藤さんはわりと心配性で。監督は「おら~!行くぞ!」みたいな勢いで、西藤さんは「大丈夫?これも考えといた方がいいんじゃない?」とアシストするという、いいバランスなんです(笑)。そこで、メイクや衣装も事前にしっかり検討しようと、西藤さんに私の家へ来てもらって、2人でじっくり衣装合わせをしました。
佃:僕のところには、2人の衣装合わせの模様がLINEで送られて来ました(笑)。
大須:「監督、これでいいですか?」みたいな(笑)。そういえば、吹き替えのキャストを探すのは一番大変だったかもしれないですね。髪の長さや身長も同じくらいじゃないとダメなので、すごく探しましたがなかなか集まらず……結局、役者じゃない自分の友達に頼みました。
佃:撮影も大変だったね。1着ずつしかない衣装を何度も着替えて、1日に何回メイクチェンジするんだ?っていう状態で。
大須:撮って着替えて、撮って着替えて……みたいな。
佃:そうなることはわかっていたので、撮影の順番は、一生懸命考えて組みましたね。できるだけ“行って来い”を減らすにはどうしたらいいか。台本も時間を考えて作ったつもりなのに、撮り始めてみると「これ、どうやって2分にするんだ?」という状態で。ただ、割と走りながら考えるタイプなので、撮りながら「ここのパートは、2分版には入れられないな」と頭の中で考えながら進めていきました。

佃 尚能・大須 みづほ

憧れの存在だって
本当は悩みさまよっている

佃 尚能

佃:短時間で撮ったわりにはロケーションが多い作品ですよね。2分で何シーンもあって。一夜で何人もの自分に出会うクリスマスキャロル的な話なので、どんどん話を進めて「いろいろな可能性があるんだぞ」というのをいろいろな役で見せるというのが、時間のない中でも頑張ったところですね。ただ、撮影に関していえば「お芝居は諦めません」という方針でした。
大須:その方針は本当にありがたかったですね。「もっとこうしたほうがいい」とちゃんと言ってもらえる。
佃:フィクションの場合はそこが命なので。ロケーションは多少諦めても、いいお芝居が撮れるまでは粘ります。
大須:撮影前も、ちょっとした時間で本読みをしたのが本当によかったです。
佃:実は「ヤバい、大丈夫かな」と思うほど、お互い演技の感覚が違ったんだよね。
大須:演技の仕方が舞台寄りだったのか、全然違って……私もすごく焦りました。先にすり合わせできていてよかった。
佃:でも基本的には「こうしてくれ」とは言わない主義です。「~という方向で役を作ってきてね」という。
大須:全部の役が自分の一部ではあるので、全部自分に共通するところはあるんです。ただ、ミュージシャンのみづほがギターを弾いて歌っている姿は、私にはまだできないことをやっているので、“憧れ”という意味で一番遠いと思ったかな?

佃:でも案外、素敵に歌えていたんじゃないでしょうか。素朴な感じがね。一番近いのは主人公じゃないの?付き人時代の悩める大須みづほに。
大須:そうですね。今も悩みだらけですけど……冒頭の、主人公が落ち込んでいるシーンは、付き人をしていた頃、本当に毎日怒られて、凹んでいたのを思い出しながら演じていたので、確かに近いです。
佃:絶望的な表情はそこから来てたんだね。でも、主人公がカッコいいと憧れている“ミュージシャンのみづほ”も、歌詞をよく聴いてみると、明日の行方もわからぬまま走り続けている、悩みさまよっている人なのがわかるんですよ。本当に歌詞の通り「毎日なにと戦ってるんだろう」って思いますもんね、僕も。

佃 尚能・大須 みづほ

“生み出す力”を磨く場はプロにも必要

佃:こういう自主制作の映像制作は“課外活動”と呼んでおりまして、自分にとってはとても重要な要素ですね。仕事でも極力自分のカラーをだそうと思っていますけど、それはあくまで仕事なので、100%自分の思い通りにはならないし、使う“筋肉”も違うんですよ。

脚本家もいて、プロデューサーもいて、企画も他から来たものだったりして、カメラマンも、なんなら「カット割りをしておいてくれれば撮れますよ」と言ってくれる……みたいな環境で仕事をしていると、「何をやろう、どうやろう」の段階から考えて作る、“生み出す力”ってやっぱり落ちてくんじゃないかと。

そんな中、僕はPROFESSIONAL MOVIE AWARDというタイトルを見て、プロ向けであることを意識しました。日々業務で映像に関わっている人が、短いながらも1本、自分の作りたいものを作って発表できる場なんだな、と。PMAのようにプロ向けの“生み出す場”が提供されるのは、本当に素晴らしいことだと思います。ぜひ、来年も続けてほしいです。

佃 尚能

傍目から見ると「なんで仕事でも映像作って、家に帰ってからも映像作ってるの?」という感じですよね。でも、自分の作品じゃないとできない実験もある。僕の仕事でいきなり「1人8役やりましょうよ!」とか言ったら絶対に止められるだろうけれども、自主制作で1人8役をやってみたことによって、それがこれだけ大変なのもわかるし、どこが面白いかもわかるようになったし。

その経験は仕事にも還元できると思うんです。もちろん逆に、仕事で培ったノウハウを自主制作に生かすこともできるし。自主制作はラボで、仕事がファクトリーというか。例えば、仕事だと編集の専門スタッフがいるので、ディレクターは編集しないんですよね。でも自分たちで作る時はほぼ、撮ってきたら自分で編集して自分でグレーディングして。そうなると、編集を全くやらないディレクターが、業務で編集マンとやりとりするのと、僕が編集マンとやりとりするのでも全然違うんですよね。編集作業の感覚を共有しているどうしだから、話も通じやすい。

今後はRAWで撮ってちゃんと細かく色を追い込んで、全プロセスを丁寧に仕上げた作品を作ってみたいですね。一眼レフで撮ると、ちょっと表面的にそれっぽい雰囲気にしちゃいがちなんですけど、本当はグレーディング好きなので。今回も本当はLogで撮ろうかという話があったんですが、結局、時間がないから編集しやすい圧縮でいいです、間に合う方が先決なので……ということになった。スピード勝負の作品はそれはそれであってもいいけれど、そろそろじっくり腰を据えて1本を作りたいなと思っています。

感動とは、原動力、活力じゃないでしょうか。感動のない日々だと、消耗していく一方だけれども、例えばたまに海外へ行って、すごい景色を観て感動すると「あぁ、頑張ろう」っていう気持ちになれる。ものづくりの面でも、素晴らしい作品を観て感動すると「よし作るか!」という気持ちになれる。

大須:本当に、感動って生きる意味というか、生きる上で糧になるものだな、と。音楽や映画に触れて感動すると、落ち込んでいても、生きていこうって思いますし。
佃:「私とわたし」も自分で観て「なんか感動した。頑張ろう」と思いましたからね。最後、駅員さんの「がんばれ」にちょっと励まされちゃって……あぁ、俺もなんかまだ違う“オレ”になれるんじゃないか、って。

佃 尚能

佃 尚能

映像ディレクター

ドラマ「真田丸」「ひよっこ」のオープニング映像等を手がけるクリエイティブ・ディレクター。仕事の傍ら短編映画を制作。2016年、『鼻歌』がカンヌ国際映画祭上映作品に選出、『私とわたし』も今年2月にロサンゼルスで4冠受賞している。

佃 尚能・大須 みづほ

FINAL SELECTION

 

花咲音誕生/市井 義彦

やっぱり出産、それもドキュメンタリーって感動しますよね。僕も、「これはズルいよ」とわかっていながらも、やっぱり感動しました。