想いを未来へ ~スマートアイグラスから見えたARの可能性~

Chamber 19
2018.06.13

想いを未来へ
~スマートアイグラスから見えたARの可能性~

東日本大震災から7年が経過し、「カタチのない記憶の継承というフェーズに入った」という声が聞かれるようになりました。近畿日本ツーリストが被災地における“記憶の継承”をツーリズムという視点から再構築した「せんだいAR HOPE TOUR」。津波による甚大な被害を被った荒浜(仙台市若林区)の地で風や光を感じながらツアーを体験してきました。

想いを未来へ ~スマートアイグラスから見えたARの可能性~

仙台駅から海に向かって6駅。終点の荒井駅で降り、さらに海のほうへと車を走らせる。すぐ目に入ったのは、最近建てられたと思われる家々だ。一見平穏に見える街並みが、7年の月日を思わせる。それが、海岸線に並行して走る仙台東部道路を越えると、様子が変わった。7年前の3月11日、盛土構造で作られた東部道路は事実上の防波堤となった。ここを駆け上がって難を逃れた住民も多いという。道路から海まではまだ3〜4kmあり、かつては海のほうまで住居や畑が広がり、荒浜地区だけでも2,200人ほどが暮らしていた。今は大型ダンプカーが往来するのみで、瓦礫も残されていない。災害危険区域として居住は叶わなくなり、仙台市主導で再開発の途上にある。何も知らなければ、ここに暮らした人がいたとは、もう想像が及ばなくなっていた。

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海を目前にそびえる、ほぼ9mの慰霊塔。荒浜地区で亡くなった192名の名前が刻まれたこの観音像に手を合わせることから、「せんだい AR HOPE TOUR」は始まった。海岸線に沿ってまばらに残るのみのクロマツも、かつては鬱蒼と茂り、すぐそこの海が見えないほどだったという。ここ荒浜地区にある深沼海水浴場は、仙台市にある唯一の海水浴場で、夏には多くの海水浴客で活気にあふれていた。あの日と同じ3月の寒い日。海を目の前にしてもその賑わいは遠い。

想いを未来へ ~スマートアイグラスから見えたARの可能性~

スマートアイグラスをかけた。打ち寄せる波の音に重なり、海水浴を楽しむ人々の声が耳元で聞こえてくる。音声が流れているのだ。風景と重なって、力強く枝を伸ばす松、浜辺のパラソル、子どもたちの姿。スマートアイグラスに、かつての夏のまぶしい賑わいが映った。一枚の写真を実際の風景に重ねると、今は無くなってしまった営みの気配を感じられる。

想いを未来へ ~スマートアイグラスから見えたARの可能性~

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※スマートアイグラス(SED-E1)は透過式メガネ型端末専用のディスプレイモジュールを搭載しています。
※レンズに表示される画像やテキストは単色(緑色)です。

五感を通して伝えられる情報は、瞬時に自分の深いところにアクセスして、いろんな感情を揺さぶってくる。ここにいた知らない誰かに想いを寄せるということが、少しできたような気持ちになる。海水浴場を後にし、貞山運河や浄土寺など、この地域に根付き暮らしを守ってきたものの在りし姿を追った。

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※スマートアイグラス(SED-E1)は透過式メガネ型端末専用のディスプレイモジュールを搭載しています。
※レンズに表示される画像やテキストは単色(緑色)です。

そして、震災遺構となった仙台市立荒浜小学校にたどり着く。屋上に上がってスマートアイグラスをかけると、校庭で遊んでいる子供たちの姿が見える。3月11日のあの日。緑の絨毯と呼ばれた美しい穀倉地帯や海岸集落を飲み込む波は、4.6mの高さでこの小学校にも到達した。

想いを未来へ ~スマートアイグラスから見えたARの可能性~

仙台市が撮影した航空写真と、荒浜小学校屋上から見た津波の写真がスマートアイグラスに映る。児童71名と教員16名を含めた320名が、あの日見ただろう景色だ。夕方から雪が降り、カーテンや紅白幕にくるまってしのいだというとても寒かったあの日、家や、大切な人を飲み込んでしまったかもしれない波を、どんな気持ちで見たのか。その後、駆け付けたヘリコプターにより、屋上から1人1人と吊り上げられ、校舎内に避難した荒浜小学校児童や教員、荒浜地区住民約320名は、翌日夕方までに全員が救助された。

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この緊迫したやりとりは、小学校4階の展示室で「3.11 荒浜小学校の27時間」という17分のドキュメンタリーでまとめられている。映像の中で“避難してきた人はたくさんいたが、車から降りてもすぐ校舎に入って来なかった”と振り返る教頭先生。地震は起きても津波は来ないと地域で伝えられてきていたせいかもしれないと思った。“消防車が通って、まもなく6mの津波が来ると言う。津波訓練では1〜2mのつもりだった”と校長先生も言う通り、想定していない高さだった。結局、海岸線に入ってきた津波の高さは、最初に見た観音像と同じ8m以上であったという。そして100m10秒のはやさで、東部道路にぶつかるまでさまざまなものを飲み込んで進んでいった。

想いを未来へ ~スマートアイグラスから見えたARの可能性~

4階の展示室では、大型のタペストリーであの日のことを時系列で追っている。そこには震災前の荒浜地区の活気のある様子も写っていた。
「ツアーでは甚大な被害があったことを伝えたいというより、ここに人々の営みがあったということを見せていきたかった」と語るのは、株式会社近畿日本ツーリスト東北の横葉純一氏。「このツアーを作るにあたって、ARに津波の写真を最初は多く入れていたんです。でも悲惨さを伝えたいわけではない。それに津波の様子は荒浜小学校の施設でじゅうぶん展示してありますから。少し入っている津波の画像も、3Dで見えたりなど圧力のようなものはありません。そこはあえて淡々と見せていきたかった。津波のところは見たくない方もいらっしゃいますので、事前にご案内しています」

想いを未来へ ~スマートアイグラスから見えたARの可能性~

津波の恐さを伝えるのではなく、かつての営みを感じ、未来へつなぐためのツアーなのだ。だがこのAR HOPE TOURで使われる写真の数々は、集める段階から困難を極めたという。特に地域の昔のものは家ごと流されてほとんど消失しており、使われたものの多くは仙台市や、東北大学所有のものだ。一部は、掘り起こされたアルバムから写真を洗い、住民を探し出して提供してもらったものもある。

横葉氏はさらに、「旅行会社としても、地域に貢献するために人を呼びたいという想いがあります。語り部ツアーもいいが、新しい切り口でないと人が集まりにくいという現実がある。スマートアイグラスを使って、少しでも知ってもらうきっかけにしたい」と続けた。

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近畿日本ツーリストが旅行会社としての使命や想いを持って事業化したこのせんだいAR HOPE TOURだが、もともとは宮城県農業高等学校が“全て魅せましょう!タイムスリップする被災地ツアー”として考案し観光甲子園でグランプリを受賞したものだった。
その後東北大学災害科学国際研究所、ソニー、ASA DIGITALが学術・技術・機材などの支援を行い、産学連携で発展していき、近畿日本ツーリストがコンセプトを継承し、防災ツーリズムにおける体験型ツアーとした経緯がある。

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悲しみをたどる観光ではなく、復興の未来を感じさせるものに。人は忘れてしまうもの、だから伝え方が大事。それが名取の高校生たちが初めに望んだことだ。被害の様子やかつての街並みを感じられるというスマートアイグラスを使った次世代の「観光」は、震災もそれぞれの体験として残していけるかもしれない。体験しながら、活用アイデアも湧いてくる。他にも利用できる地域、映し出したいものが人々のなかにきっとあると思えた。

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2017年4月仙台市立荒浜小学校が震災遺構として開館した。多くの学校施設が取り壊されていく中で、沿岸部地域では学校施設として初めて公開された震災遺構であるという。荒浜小学校も、辛い記憶を呼び覚ますから遺してほしくないという意見もあったそうだ。それでも市民の7割は遺すという選択をし、仙台市の震災遺構となった。
建物が残っていると、後世に体験を伝えていきやすくなる。形があることの優位性である。だが形を残せなくても、まるであったかのようにARなどを通じてリアルに頭の中に投影できれば、形があるのと同じことではないか。必要なのは継続してそれが体験できる環境だ。

想いを未来へ ~スマートアイグラスから見えたARの可能性~

また、スマートアイグラスを活用していくなか、近畿日本ツーリストで再認識されたことがあるという。それはガイドの重要性だ。横葉氏は話す。
「スマートアイグラスがあると、みなさんにブレてはいけない情報を正しく伝えていけます。それに言葉を尽くすより多くを伝えられる。インフラ整備としても優れています。そこにどんな情報を付加できるか? ガイドのあり方も変わっていくと思いますし、ガイドの重要性はかえって増すように思います」
付加価値をつけるだけでなく、観光のありようや質も変えていけるかもしれない。デジタルなものに置き換わる世の中で、次世代の観光の萌芽も感じた。

想いを未来へ ~スマートアイグラスから見えたARの可能性~

1,000年に1度と言われた震災から7年。集中復興期間が終了し、後期5年の復興創生期間が始まっている。「東北防災教育・観光ツーリズム」が今後復興創生に寄与していくためにも、これからは続けていくこと、共創しながらビジネスとしても軌道に乗せることが求められる。

想いを未来へ ~スマートアイグラスから見えたARの可能性~

ソニーのスマートアイグラスが、体験や記憶の継承に役立つとしたら、7年を経てすでに風化が始まっているという現状を打破する一助になってほしいと強く思う。“津波がここまで来た、気をつけて”と刻んだ石碑は苔むして見られなくなっても、引き継がれた記憶の手紙は強いはず。防災学習のインフラとして、またひとりの人間として誰かに想いを寄せる方法としても、ますますARが活用されていってほしいと願うばかりである。

(TEXT BY MIHO ARIMA)

想いを未来へ ~スマートアイグラスから見えたARの可能性~

『せんだい AR HOPE TOUR』(近畿日本ツーリスト株式会社/株式会社近畿日本ツーリスト東北)

「防災×観光」を念頭にした復興ツーリズムとして、東日本大震災の津波による甚大な被害を被った荒浜地区(仙台市若林区)での新たな防災スタディーツアー。ソニー独自のホログラム光学技術を採用したスマートアイグラスを利用し、AR(拡張現実)による新たな体験価値を創出し、交流人口拡大および次世代への記憶の継承を目指す。2018年4月1日ツアー申込受付を開始。

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