世界をよりよくするためのIoT

Chamber 53
2021.1.13

世界をよりよくするためのIoT
人間とテクノロジーのちょうどいいバランスとは

IoTが普及してから数年、その技術は日々進化しており、すでに私たちの生活に欠かせないものとなり始めています。日進月歩で発展するテクノロジーを背景に進化を遂げるIoTですが、その次なるステージやさらなる可能性とはどのようなものなのでしょうか。デザイン・イノベーション・ファームTakramのデザインエンジニア緒方壽人さんにお話を伺いました。

世界をよりよくするためのIoT

――ここ数年でIoTの普及は急速に進みました。緒方さんもIoT関連のプロジェクトを数多く担当されていますが、IoTがもたらした「変化」、「価値」とはどんなものでしょうか。

「インターネットに流れている情報の量と質が劇的に変わったことが一番の違いです。今までの情報は、人が能動的に入力した情報がメインだったのですが、IoTによってモノ自体がネットとつながり、付随したセンサーやカメラなどから大量の情報が人間にもたらされるようになりました。仮にネットが人体の“神経網”なら、IoTという“感覚器”がつけられ、以前とは比べ物にならないほどの情報を受け取れるようになったわけです。さらに、IoTから得たデータや情報を活用すれば、人間にいろいろな可能性をもたらすこともできる。ここ数年でIoTの普及が進んだ理由はそこにあると思います」

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Athlete Exhibition
21_21 DESIGN SIGHT Exhibition, 2017

――実際に、IoTの情報を活用した事例で注目されているものはありますか。

「以前、ソニーのIoTブロック『MESH』を使ったワークショップにも講師として参加したことがあるのですが、ソニーはIoTを用いた面白い技術や製品を出されている印象がありますね。その中でも、注目しているのは、ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)が行う『協生農法プロジェクト』です。協生農法とは、多種多様な植物を同じ農地で育てる手法で、生態系を自然な形で最適な状態に保ちながら栽培できるのが特徴です。ただし、従来の農業に比べて管理の難易度は格段に上がります。

その難しい管理をIoTでサポートするプロジェクトなのですが、センサーやカメラで畑や農作物を監視してデータを収集、AIで分析します。作物のわずかな状態変化や、どこにどの植物が植えられているかなど、人間が把握しづらい細部の情報を捉えることができるので、管理のハードルを下げることができるのです」

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――IoTが普及する一方で、新たな課題なども出てきているのでしょうか。

「新しい課題も見えてきています。ひとつは、“情報をインプットするIoT”が未だ主流だということです。いろいろなモノから大量の情報を取得できるようになりましたが、その情報を有効に活用してアクションを起こす、実世界に働きかけるアウトプットができるものが少ないのです。

先ほどの協生農法の技術も、IoTで収集した情報をもとに、人間が管理や作業をしています。もしIoTが管理や作業までまかなえるようになれば、より面白くなると思います。

社会課題の多くは実世界で起きています。気候変動や少子高齢化、介護・福祉・農業といった業界での深刻な人手不足などの課題は、情報をインプットするだけでは解決しないので、まずその問題に直面している人たちに対して働きかけるとか、実世界にフィジカルに働きかけて課題を解決するといった具体的なアウトプットが必要です。そのようなアウトプットまで可能なIoTツールを開発することが、今後目指すべきところではないでしょうか」

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――緒方さんは、最新のテクノロジーを備えた福祉機器を展示する「超福祉展」のディレクターも務めています。福祉分野のIoTは、まさに実世界の課題を解決するものではないでしょうか。

「福祉は特にIoT機器の開発が盛んな分野で、実世界に働きかけるようなIoTも増えています。今後、この分野が成熟するには、いかに各ユーザーにカスタマイズしたIoTツールをつくれるかがポイントになります。つまり、機械的な大量生産から脱却したプロダクトの開発が求められるのです。

なぜなら、個々人の身体的な特徴や抱えている事情は一人ひとり異なります。福祉分野のIoTは、人のリアルな生活に密接だからこそ、各々の身体や行動に合うものでなければなりません。

私が参加している『ERATO 川原万有情報網プロジェクト』では、東京大学の川原圭博教授を中心にIoTの未来を考えています。そこでも、この点が重視されています。プロジェクトから生まれた『poimo』は、スクーターのようなモビリティですが、ボディ部分は柔らかく、風船のように自分で好きな形に膨らませて造形できます。ゆくゆくは車椅子などにも応用できると考えていて、この技術は足が不自由な方の移動手段として活用できる可能性があります。移動することに悩みを抱えている人でも活用できることを見据えたIoTツールです」

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――一人ひとりにカスタマイズする技術が、今後のIoTには求められるということですね。

「はい。もうひとつ私が今後のIoTに求めるのは、野外で使用できるプロダクトが増えることです。デジタル化が進むほど、人間は人工的な環境の中で生きていくことになるかと思います。なので、自然の中での活動をサポートするものが増えて欲しいですよね。

特に期待したいのは、教育分野です。デジタル依存や新型コロナウイルスの影響もあり、子どもが外で学んだり、遊んだりする機会は減っています。その課題解決をバックアップするのもIoTの役割ではないでしょうか。

小さい頃、植物の観察をした人は多いはずですが、今の子どもにとって植物の成長は遅すぎて興味を持ちにくいでしょう。そこでIoTやデジタル技術を駆使して、カメラで定点撮影した植物の成長記録を高速で体験できるようなツールをつくると、よりおもしろさを感じてくれるかもしれない。カメラは「速すぎて見えないもの」をスローモーションで見せるだけでなく、「遅すぎて見えないもの」にもアプローチできます。このようなデジタルを駆使した新しい教育の形もあるはずです。

特にコロナ以降、人の動きも都市集中型から地方分散型へと変化していくと予想されます。地方は都会に比べて利便性は落ちるかもしれませんが、自然との共存も増えてくる。そういった環境下で自立生活を送るためのIoTツールの開発が進めば理想だと思います」

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Athlete Exhibition
21_21 DESIGN SIGHT Exhibition, 2017

――一方、IoTが普及することで、人間が機械に依存してしまう、あるいは「人間が機械に使われてしまう」場面もあるかもしれません。緒方さんも人間と機械のバランスに言及されていますが、どのようにバランスを取ればいいのでしょうか。

「文明が進化しすぎることへの警鐘を鳴らしたイヴァン・イリイチという思想家がいます。彼はテクノロジーを含めた『道具』について、人間に力を与えるが、行き過ぎると人間から力を奪いもすると考えていました。主体性を持って道具を使っている間は問題ないかもしれないが、ある時点から主体性を奪われ、いつの間にか道具を“使わされている”状況が生まれると。

つまりイリイチは、道具の使用には不足と過剰の2つの分水嶺があり、その間にとどまるバランスが大事だと考えていたのです。人間に力を与える第1の地点は越えつつ、使わされてしまう第2の地点までは行き過ぎないようにする。それが大切なことだと。

IoTでもこの視点は非常に重要になります。実世界に働きかけるIoTが必要なものの、行き過ぎれば人間がIoTに使われることにもなりかねない。『使う』『使われる』という能動・受動といった関係ではなく、どちらとも言えない”中動態的“な関係がちょうどいいのでしょう。

“中動態”という言葉は哲学者である國分功一郎さんの著書で知りました。言葉の多くは能動態と受動態に分かれますが、そのどちらにもつかない、もしくはどちらでもあるような中動態というものがあるのだと言います。

ちなみにイリイチは、ちょうどいいバランスを保っている道具として『自転車』を挙げています。自転車は人間が一定の技術を持たないと乗れないですし、自転車と人間が一体となって初めて機能します。乗ろうという意思だけでも乗れないし、乗らなくても支障はない。乗らされているわけでもないのです」

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――そういった中動態的な関係性を作ることが、IoTでも求められていく。

「はい。そして、適切なバランスを保ったIoTを開発するには、6つの視点が必要だと考えています。それらを列挙すると、

1、自然環境の中で人が生きる力を奪っていないこと
2、他に代わりがある(独占状態になっていない)こと
3、それを使うことで人間が思考停止しないこと
4、提供する側と使う側の格差が大きくなっていないこと
5、あらゆるものの価値を過剰な速さで陳腐化させないこと
6、ユーザーがフラストレーションを感じていないこと

個人としても、これらの視点が過剰になりつつあるテクノロジー時代のガイドラインになるのではないかと考えています。

世の中では、すでに一部の巨大企業がITサービスやプラットフォームを独占していることは問題になっていますし、サービスを使うことで、人間が思考停止するシーンも増えています。そして、便利なものほど上記6つのどれかを侵していることが多い。ここで挙げた6つのポイントに目を向けながら、バランスを保つべきだと考えています」

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ON THE FLY for Intel
Tabletop interactive system, 2014

――そういった人間とテクノロジーのバランスを保つために、サービスや製品を提供する企業側はどんなことをすべきでしょうか。

「テクノロジーの中身をブラックボックス化させないことですね。人間が機械を使って思い通りになる世界は便利ですが、それによって思考停止に陥ってしまうのはよくない。そして、思考停止に陥るということは、用いられているテクノロジーの仕組みがよくわかっていない状態を意味します。

IoTにせよ何にせよ、最低限そのテクノロジーの大まかな仕組みは、ユーザー側も把握できるようにしておくべきです。どういう中身で、なぜそれができるのか。これがわからないと人間が道具に使われてしまうことにもなりかねません」

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――最後に、ニューノーマルと呼ばれる生活様式が広まっていますが、こうした中で緒方さんの考えるIoTの可能性とはどんなものでしょうか。

「非接触やオンラインのやり取りはこれからどんどん進みますが、一方でリアルな人とのつながりや体験はこの先もずっとなくなりません。実生活に働きかけるIoTも今後増えていくはずです。繰り返しになりますが、だからこそ、バランスの取れたIoTを目指すべきなのだと思います。

テクノロジーを語るとき、『人間対機械』や『人間対AI』など、二元論的な見方になりがちです。しかし、テクノロジーもIoTも、人間と地続きで共存できるもの。私が描くIoTの未来は、そういったものです」

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IoTはただ“インプット”するだけの時期を越えて、“アウトプット”できるものへと進化が求められていると緒方さんは語ります。機械や道具を「使う」「使われる」のどちらでもない、中動態的な捉え方として考えること。そうした考え方が、私たちとテクノロジーとの適切な距離感、ひいては今後のIoTの進化を考えるうえでの大切なポイントになっていくのかもしれません。

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緒方 壽人

Takram ディレクター、デザインエンジニア

ソフトウェア、ハードウェアを問わず、デザイン、エンジニアリング、アート、サイエンスまで幅広く領域横断的な活動を行うデザインエンジニア。東京大学工学部卒業後、国際情報科学芸術アカデミー(IAMAS)、LEADING EDGE DESIGNを経て、ディレクターとしてTakramに参加。主なプロジェクトとして、「HAKUTO」月面探査ローバーの意匠コンセプト立案とスタイリング、NHK Eテレ「ミミクリーズ」のアートディレクション、紙とデジタルメディアを融合させたON THE FLYシステムの開発、21_21 DESIGN SIGHT「アスリート展」展覧会ディレクターなど。2004年グッドデザイン賞、2005年ドイツiFデザイン賞、2012年文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品など受賞多数。2015年よりグッドデザイン賞審査員を務める。

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