島原半島の中央部に雲仙普賢岳という火山がある。
穏やかな姿を見せているときは、豊穣な自然の恵みを与えてくれる火山も、一度、噴火となれば、周辺に多大な被害を与える。
今から約200年前、雲仙普賢岳は山体崩壊を伴う大噴火を発生させた。
火山灰に覆われた島原一体の立て直しに一役かったのが、火山灰に強い櫨(はぜ)の木であり、そこから取れる蝋を用いて作られる島原和蝋燭だったのである。
その後、明治以降に石油から採れるパラフィンを原材料とする洋ローソクが一般的となり、徐々に和蝋燭を作る工房は減り続けている。江戸時代から続く伝統技法で木蝋を絞るのは全国でも本多木蝋工業所のみとなった。
同工業所の本多俊一さんは「昔のものを伝えて、新しいものを考えていかないと残っていかない。それが温故知新である」とも語る。
伝統を守り続け、未来に受け継ぐ本多さんのもとには、日本各地から和蝋燭を求めて人々が集まってくる。洋ローソクにはない、和蝋燭の優しい炎のゆらぎが、見る人の心を捉えて離さないからなのであろう。